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旅日記


2003年12月07日(日)
新潟

- 僕の部屋で -

 
 僕は今生まれコキョウにいる。ここは総戸数が百にも満たないような小さな集落だ。人口カバー率九十九パーセントを誇るドコモの携帯でさえも、そのカラー液晶には二十時間も「圏外」の文字が表示されている――時々圏外表示が消えるのだ。このときばかりはメールが着信したりもする。そんな場所だ。

 静かな集落の中にある僕の部屋――アニキが六年間住み、その後アネキが三年間住んだ後、やっと僕に回ってきた広さ六畳ほどの部屋。ダンボール箱があふれているこの部屋には僕の全てがある。僕個人が所有する全ての品々、そして思い出。大好きだった飼い猫「ミケジ」の写真、中学校の卒業アルバム、弦のさび付いたエレキギターとクラプトンのタブ譜、スウィングアウトシスターのCD、大学からの合格通知、リーマン時代の給与明細。

 ドンキホーテで無く、ダイクマでも無く、田舎の冴えないホームセンターで売っていそうな安っぽい化粧箱の上のミケジは、眠たそうな目をしながらいつも僕を見つめていた。つらいことがあったとき、彼女の写真を見ながらナミダしたこともあった。中学校の卒業アルバムには坊主頭に体操着姿のだっさい僕が写っていた。この頃、何故かエレキギターにあこがれて通信講座なんかでギターを習ってみた。多分に漏れず、講座開始から二曲目で挫折した。スウィングアウトシスターの歌に都会の匂いを感じて、東京の大学にでも進学してみようかと考えた。受験した数校の大学から貰った合格通知はくしゃくしゃだった。一年間の浪人生活中も全く勉強に身の入らなかった僕は、合格通知を手に、両親の前で激しく喜ぶのも何やら恥ずかしくて、自分の部屋、今いるこの部屋で「あら、幸運」なんて感じながら、通知を握り締めて人知れず大きなガッツポーズをしたことを思い出す。そして、会社を退職してこの旅行に出る前、給与明細に示されたなかなかの額の給与を見ながら、「あぁ、やってしまった…」と半ば笑顔でちょっぴり後悔の念も感じた。

 二〇〇三年十一月初旬、自分自身へのお土産である数百枚の硬貨と数百枚のビールラベル、数百の空タバコパッケージとを携えて、またここに戻ってきた。

 部屋の東側にある窓のすぐ下には小さな堀がある。実家の裏にそびえる標高千二百メートルの白山から無色透明な水が常に流れ出し、この堀を通じて日本海に注ぐ――当時は、これが日本海じゃなくて太平洋だったらなとも感じた。そして、ここに流れていた水はいつか大海原の一部となる。小学生の頃だったろうか、かんしゃくに任せてハカイし、そしてこの堀に捨てるように流したシャア専用ズゴックが――ズゴックとは機動戦士ガンダムに出てくる水中戦が得意なモビルスーツなのである。そのハヘンが、ガンダムにハカイされた本物のズゴックさながら大海の波に呑み込まれて上下する様を頭に思い浮かべながら、どこか大きくて遠い場所への想いをはせたものだった。僕にとってこの堀は、漠然とした将来、夢、広大などこか、といったものへ繋がる希望であり、他方で、ハカイされたズゴックが流れていったように、消滅を感じさせるものだったのかもしれない。堀からは、水の流れが引き起こす「コポコポ」という音が常に響いてくる。僕がこの部屋に居着くようになってから数十年間、この音は絶えること耳に入ってきたものなのだ。あたかも胎児が母親の心音に心癒されながら育つように、僕はこの音を聞きながら育ってきた。

 帰国して一月が過ぎた。仕事も無いし、学校も無い。ついでに金も無い。現在の自分の立場をあえて言葉で表すならば、家事手伝いもしくは実家のお抱えドライバーといったところであろうか。テレビ画面には代々木公園のクリスマス飾りとその周囲で抱擁する男女の姿が映されていた。何もすることの無い土曜日の深夜、一人発泡酒のカンを口につけながら、ため息をついた。「やっぱり圏外だ」――鳴るはずも無い携帯に淡い期待を抱くのを止め、そしてテレビの電源を落とし、他人には理解されそうにも無い外国のコインやらビールラベルといった土産物に囲まれて、僕は自分の旅行を振り返ってみようと考えた。

 僕にとってのこの数年間は何だったのだろうか。何度考えてみても、角度を変えて考えてみても全く以って明確な解答が浮かんでこない。ただ、「楽しかったじゃん。後悔はないよ。夢だったんだから、その夢が果たせて良かったじゃん」――そんなところだ。足し算や掛け算のようにすっぱりと解答は出ない。円周率が永遠に続くように――そんなものなのかもしれない。ただ、自分のその時の気分によっては、それが3.14…になったりマイナス6.97…になったりそれだけのことだ。ノートパソコンの中にデジカメの写真が保存してある。出発から日を追って写真を眺めてみた。「こんな場所もあったな」、写真に自分自身の姿が写っている以上、ある時、その景色の中に自分がいたこと――それは紛れも無い事実なのだ。だが、ついこの前まで自分が異国にいたなどということはとても信じられないし、文化や人種が一変する「国境」と言われる境界線を歩いて越えていたなんてことも到底信じ難く感じられてしまう。もし今、「海外旅行に出かけなさい」と誰かに命じられたならば、僕は困惑してしまうことだろう。「韓国!いや台湾!えっハワイ!、そんな日本語も通じない場所に行って、俺は大丈夫なのだろうか」と。今となっては――帰国して一月しか経過していないが、写真や日記や、そういった、自分がそこに存在した事実を目にすると、「僕もなかなかやるもんだね」なんてことを感じるだけなのだ。「人生なんかネタ作りの繰り返しだよ」みたいな言葉を、最近ある友人から耳にした。実際、大学生くらいまでは、自分自身の中にもそういった意識が強く存在していた。大学を十数校受験してみる、他大学のコンパに他大学生と偽って乗り込む、漫才コンビを結成してテレビに出てみる、ピアニカ片手にストリートミュージシャンを気取る。僕は様々なことをしてみた。「そう、みんなネタだったんだ」と、僕は思い出した。「この旅行もネタだったんだ。しかも一生ものの」僕はそんなふうに結論付けることにした。周到な準備をして、お金もたくさん使って、僕はこれまでの人生でもとびっきりのネタを一つ獲得したのだ。

 ネタ――そうだったか。あれはとびっきりのネタだったのか。そういうことであれば、僕は多くの人に感謝の言葉を言わなければならない。こんなバカ次男のネタ作りを応援してくれた両親、兄、姉に感謝の言葉を述べなければならないと思うのだ。とりわけ、両親は親戚や近所の方々への説明に困っていたことだろう。
「下のお子さんは、いまはどちらにお勤めですか?」
「現在、彼は外国に勉強に行っています…」
両親は、決して「息子は外国を放浪しています」とは言えないだろうから。まして、息子が「ネタ作り」のために海外に出かけたなんてことは、露ほどにも、全く以って想像も出来ないことだろう。
兄、姉、ありがとう。餞別は経済的に大変助かった。
亡き祖父、亡き祖母、ありがとう。精神的な支えになった。
田舎の友人達よ、ありがとう。餞別は本当に助かった。
大学時代の友人達よ、ありがとう。数々のプレゼントは、旅行中に役立つアイテムばかりだった。
サラリーマン時代の友人達よ、ありがとう。手作りのプレゼントは今も僕の部屋の特等席にある。皆でお金を出し合って購入してくれた旅行アイテムも旅行の最後まで役立った。
旅行中に出会った友人たちよ、ありがとう。皆からは勇気を貰った。

 僕は思う。小さな集落にあるこの部屋で、僕のアイテム達に囲まれながら、水の音を聞き、コケの匂いをかぎながら、「また次の夢をかなえるべく、計画を練ろう」と。ここには僕が決断できる環境があるのだから。

 この部屋からまた出発しよう。また新たな夢を見つけに――。


 お世話になった皆様、ありがとう。漢字が間違っているといけないので、ローマ字で記載。
<日本>
Kitaro Takizawa, Masano Takizawa, Kanji Takizawa, Kazu Takizawa, Yutaka Takizawa, Teiko Takizawa, Keiko Takahashi, Takafumi Takahasi, Daisuke Yoshikawa, Hideaki Sato, Tomotake Kumaki, Youko Watanabe, Naoko Maruyama, Shigeyuki Suzuki, Yoshiko Suzuki, Shunichi Ikenaka, Akira Enari, Tetsuji Kuga, Shuichiro Kosaka, Toshiki Omori, Yoshihiro Hagiwara, Kenji Goto, Keiichiro Mitsui, Masakazu Hiranabe, Akiko Miya, Tadahiro Sugimoto, Katsutoshi Kojima, Akira Ikeda, Sian Jones Enomoto, シャア専用ズゴック,

<カナダ>
Lili Lin, Huang Shou Chang, Daisaku Kato, Kaori Ikenishi, Yuka Hirabayashi, Akiko Yamamoto, Yayoi Haginoya, Kyungmi Lee, Sung Young, Tae Young, Takuya Tenma, Yoko Tenma, Jeff Jones, Mr. Bin, Mr. Wang,

<メキシコ>
Alfonso Gonzalez, Barragam Roberto Ramiro,

<ニカラグア>
Nur Hossen, Atsushi Nagasaka, Mahfzez Alam, Fakrul Islalam, Rakib Hassan,

<ホンジュラス>
Isaac Iatgens Rodriguez,

<モロッコ>
Hmad Laassou, Mr. Ali,

<スペイン>
Albrecht David, Ji Dae Guen, Kotaro Nakakoshi,

<イタリア>
Atsushi Sonoda, Maho Ogata,

<ギリシャ>
Tsuyioshi Kogusuri, Yuichiro Ishizu, Mr. Daisuke,

<ブルガリア>
Kim Chheol Joang,

<ハンガリー>
Shin Inomata, Johnafhan Elerberg, Takashi Hirota, Nobumitsu Akai, Masatoshi Taniguchi, Kotone Okugaichi, Masayuki Watanabe,

<ボスニアヘルツェゴビナ>
Mrs. Ivana,

<ルーマニア>
Mr. Florin,

<トルコ>
Daigo Fukutake, Tetsuji Kobayashi, Satoshi Itakura, Sojiro Nakamura, Saori Takase, Tomoki Nakajima, Takashi Tanaka, Yumiko Sato, Makiko Kawamoto, Naoko Ochiai, Nozomu Josha, Ms. Michiko, Mr. Baba, Mr. Fati, Mrs. Naomi,

<インド>
Mr. Roshan, Raja Vet Pandian, Yasuyuki Naka, Kousix Roy, C Balagwar,

<ラオス>
Karim Tagratitou,

<カンボジア>
Katsura Yasuda, Yukiko Yasuda, Mr. Sasa, Mr. Sada, Mr, Hiro, Mr. Cha, Mr. San,

<タイ>
Mohamed Elebarnossi,

<ベトナム>
Tetsushi Mori, Ryusuke Taniyama, Arato Tokudome, Torajiro Otosan, Mr, Matsu,

<中国>
Simon Johnson, Kenji Koike,

<台湾>
Mr. Huang, Mrs. Huang, Jonny, Min-min,

 皆、本当にありがとう。僕は次の夢へと向かいます。
 

- 本日の出費 -

- 移動費 -

- 飲食費 -

- 雑費 -


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